embrace


 薄闇の中、ぼんやりと浮かび上がる白い頬にそっと触れてみる。
 穏やかな寝息をたてて眠る青年の手は、ベッドの上に上半身だけを起こしたゴドーの片手をしっかりと握っていて、 意識のない状態でもその力が弱まることはなかった。
 身動きが取れないことに途方に暮れながらも、心のどこかではこのままで良いと思っているのかもしれない。 その手を離すために積極的に行動する気にはなれなかった。


 いつからだったか。
 無二の恋人である成歩堂との諍いがあると、必ずと言って良いほどの割合でゴドーの部屋のベルを鳴らす御剣を、 迎え入れて宥めるのが当然の役割になっていた。

 その夜の御剣は、立待月がその曖昧な姿を夜空高くに浮かべる頃、いつものようにベルを鳴らすのではなく、 リビングにいたゴドーにやっと聞こえるくらいの控えめなノックと共にやって来た。
 まるで気付かない事を期待するかのようなそれは、幸か不幸かゴドーの耳に留まり、扉を開けた部屋の主に御剣は、 てんで失敗作の微笑を寄越して見せたのだった。

「カフェオレとミルクティー、どっちをご所望だ?」
 ソファに御剣を座らせて、お気に入りのクッションを膝の上にのせてやり、頭に手を置いてあやすように軽く叩いて、 それからやっと彼のための温かい飲み物を用意するためにキッチンに立つ。
 まるで子供扱いだが、御剣がそれを嫌がっていないのは分かっている。それでも、 いつもであれば口でだけは文句を言ってくるのだけれど、今夜はそのポーズすらなかった。
「……カフェオレを」
 その返事に、ゴーグルの下に隠れた眉を少し上げたゴドーがソファに大人しく座っている御剣をちらりと見遣る。
 御剣は、まるでゴドーから目を逸らすように俯いていた。
 もちろん、ゴドーのお勧めはカフェオレの方だった。
 コーヒー党のゴドーは普段紅茶は飲まないが、 それにも関らずこの家には紅茶を入れるための道具も茶葉もしっかり用意されている。
 持ち込んだのは他ならぬ御剣で、ゴドーがそこそこ上手く紅茶を入れることができるようになったのも、 御剣の指導のたまものだった。
 つまり、いくらゴドーがコーヒー党であろうと、 御剣がゴドーに合わせてコーヒーを飲むということは今までなかったのだ。

 ゴドーはカフェオレの入ったカップを御剣の前に置くと、御剣の隣に腰を降ろした。
 いつもとは少し違う御剣の様子を訝りながらも、自分がするべきことはいつもと変わらないと思い直す。
 御剣の冷たくなった身体を暖めてやり、強張った表情を溶かしてやり、喉が渇いているなら飲み物を、 腹が減っているなら食べ物を用意して、全て満たして最後に穏やかな眠りを与えてやる。
 そうすれば次の朝に目覚めた時にはいつもの覇気を取り戻して、御剣は恋人のもとへと戻っていくはずだった。

 けれど、今夜は。
 隣で眠る青年の指通りの良い髪を弄びながら、ゴドーは思案する。
 どうにもいつもとは勝手が違う夜だった。

   ゴドーの部屋を訪れた御剣は、常であれば、成歩堂への愚痴とも惚気ともつかないことを盛大に喚き散らすか、 それが言いたくないことであったならば、何も言わず、 けれど収まりのつかない感情を発散させるためにゴドーに子供のような我が侭を連発する。
 ゴドーは御剣の話を聞いてやり、御剣の言う通りにしてやれば良かった。
 けれど、今夜の御剣はそのどちらでもなくて。
 ただ、黙ったままソファの上で身動ぎひとつしないでいる御剣に、ゴドーは少し迷ってからその小さな丸い頭を撫で、 青年の名を呼んだ。
 ボウヤ、ではなく、コネコちゃん、でもなく、怜侍、と。
 そうしたら。
 御剣は一瞬くしゃりと顔を歪めて、それから感情に押し流されまいとするようにぎゅっと目を閉じた。
 そして、不可解な御剣の反応に虚を突かれたゴドーの空いている左手を、両手で強く握りしめた。
 そこから今になるまで、一度もその手が離されることはなかった。

 先程までの頑なさが嘘のように、御剣は静かに眠っている。
 心なしか口元に僅かな微笑みさえ湛えているように見えるその顔は、まるで幸福な夢でも見ているかのようだった。
 それを見て、自然と自分の表情が柔らかくなることを、ゴドーは自覚していた。
 御剣が、幸せならばいいと思う。安らかに、幸福な夢に包まれて眠りについて欲しい。 そのためならばなんだってしてやりたいとさえ、思う。この感情は遥か昔の淡い関係の延長なのだろうか。

 まだ自分が、ゴドーと呼ばれてはいなかった頃。失うことを恐れていなかった頃。
 まだ御剣が、自分の行く道を探して藻掻いていた頃。悪夢から逃れるすべを知らなかった頃。
 御剣から向けられる、憧憬とかすかな慕情が混じったおぼろげな感情に、その頃の自分は応えることも、 その輪郭を撫でてやることすら、出来なかった。
 ただ、張り詰めた糸のように、ぎりぎりまで水を張ったグラスのように、少しの刺激で崩れ落ちてしまいそうな青年を、 なんとか引き上げてやりたいと、そう思っていた。
 そして結局それを実現できないまま、御剣の思慕に向き合うこともしないまま、長い長い眠りについた。

 そしてその長い眠りから目覚めたとき、ゴドーは多くのものを失っていた。
 あてのない怒りを、憎しみを、やっとのことで乗り越えて、それでも自分にはもう何ひとつ残ってはいないと、 そう思った。
 だから、御剣がこの部屋を訪ねてくるようになって、眠りにつく前と変わらない態度で我が侭を言い、 神乃木、と、今となっては故人であるその名前を、当たり前のように口にしたとき、自分はまだ生きているのだと、 まるで遠い記憶を掬い上げるようにおぼろに思い知ったのだ。

 もちろん、御剣は昔のままではなかった。
 あの頃、今にも壊れてしまいそうな危なっかしい雰囲気を纏っていた彼は、 ゴドーの知らないうちに強く大きくなっていた。
 引き上げてやりたいと思った暗い闇から、自力で這い出していた。
 それでもゴドーといるときには以前と同じように振る舞う、彼の真意を尋ねたことは一度もなかったけれど。
 きっと自分と同じように、過ぎ去った時の柔らかな懐かしさに惹かれるのだろうと、そう思っていた。

 不意に、御剣が僅かに身じろいで、握りしめたゴドーの手をさらに胸元へと引き寄せた。
 起きたのだろうかと御剣の顔を見るが、先ほどと変わらず穏やかな寝顔だった。
 ゴドーは御剣の髪を静かに撫でる。彼が今いるだろう幸福な夢の世界に、色を添えてやるつもりで。
 触れられた感触が分かったのだろう、御剣は僅かにゴドーの手に頭を擦り寄せてきた。
 まるで幼児か猫のような反応に笑いそうになって、慌てて喉の奥で噛み殺す。 せっかく幸せに眠る人を、起こしては可哀相だ。

 御剣が何か呟いたような気がして、ゴドーはその顔に耳を寄せた。
柔らかな呼気が耳に触れて少しくすぐったい。吐息まじりの掠れた声で、それでもはっきりと聞こえてしまった。

 なるほどう、と。

 御剣の髪を撫でていた手がピタリと動きを止める。
 その手が、御剣に握られているほうの手さえ、一瞬で冷たくなるような錯覚に陥った。
 成歩堂、と御剣は言った。自然なことだ。夢の内で恋人の名前を呼んだだけなのだから。
 分かっているのに、体中を這いずりまわるこの嫌な感情は何だ。
 幸せそうな寝顔だと思った。その幸福な夢を守るためになんでもしようと思った。
 今、御剣の手を握っているのは確かに自分であるのに、違うのだ。御剣が本当に求める手はこの手ではない。
 髪を撫でている手も、強く握られた手も、全ては成歩堂のものだ。自分ではなく。 だからこそ、御剣はこんなに幸せそうに微笑みながら眠っている。
 本当は、分かっていた。
 懐古の情などではなく、自分は今の御剣の全てが欲しいのだと、分かっていて気付かないふりをしていた。 御剣の隣には成歩堂がいたから。御剣を闇から救い出したのは、自分ではなく成歩堂だったから。
 遠慮した訳じゃない。きっと知っていたのだ。自分は御剣にとって成歩堂以上の存在には決してなれないと。
 それでも、まるで他人のもののように冷たかった部屋が、御剣がいるときだけは温かかったから、 それが失いがたくて、全てに目を瞑っていた。

 出来る限りそっと、ゴドーの手を握る御剣の指を外していく。目を開かないでくれと、半ば祈るように思いながら。
 今、御剣が目を覚ましたら、何を言ってしまうか分からなかった。
 少し頭を冷やした方がいい。いつものコーヒーを飲んで、いつもの自分に戻れるように。

 それなのに、ゴドーの意に反して御剣の眉間に皺が寄り、その瞳が薄く開かれる。
 しばらく視線を彷徨わせたその瞳がゴドーを捉えて、一瞬の間が空く。
 ここにいるはずもない恋人を探して、落胆したように見えるのは、自分が穿ちすぎなのだろうか。
「……神乃木……どこへ行くのだ?」
「コーヒーを入れてくる」
「ム……こんな時間にコーヒーなど飲んだら眠れなくなるぞ」
 そう言って御剣は解けかけた手を握りなおすと、そのままベッドの中にゴドーを引き込んで胸元に額を寄せてくる。
 いつになく甘えたような仕草は寝惚けているからか。それとも、幸せな夢の心地を引き摺っているのか。
 薄暗い感情が身体を支配しようとしている。
「……イイ夢でも見てたか?」
「なに?」
 御剣が訝しげな目つきでゴドーを見上げてくる。
 そして表情の無いゴドーの顔に更に眉を寄せると、思いだすように目を閉じた。
「夢か。……見ていたような気はするが……覚えていないな」
「へぇ? そりゃもったいねぇな。随分と幸せそうだったのに」
 ゴドーの言葉に少しだけ震えた肩に確信する。御剣は、夢の中身を忘れてなどいないと。 そしてその中身を、ゴドーに知られてしまったことまで、きっと気付いている。
 途端におかしさが込み上げて、ゴドーは喉を鳴らして笑った。
 気遣われる、なんて。
 御剣の我が侭に付き合ってやっているつもりで、御剣を宥めているつもりで。
 その実、この時間を必要としていたのは御剣ではなく自分だ。
 いきなり笑い出したゴドーに驚いたように御剣が呼びかける声が、どこか遠い。
 発作的な笑いの衝動をやり過ごして、ゴドーは御剣を見る。
「隠さなくていい。おかげでオレも、自分の本音が良く分かった」
「……神乃木?」
 怪しげに眉を寄せる御剣の頬に手を伸ばして顔を近づけると、ゴドーはそのまま御剣の唇に咬み付いた。

「か……かみのぎ……?」
 深いくちづけの合間に、御剣が怯えたようにゴドーを呼ぶ声には応えずに、その着衣に手をかける。
 途端に逃れようと身を捩る御剣に覆いかぶさるように体重をかけてその動きを制し、白い胸を強引に曝した。
「はなせ……ッ」
 肌蹴た胸に薄く残る鬱血の跡を見つけて、心に影を落とす仄暗い闇がいっそう近づいて来るような気がした。

 滅茶苦茶に壊してやりたい。
 成歩堂が付けたのだろうその跡の上から御剣の皮膚に咬みつきながら、ゴドーは思う。
 痛みを訴えるように御剣が呻く声にすら、欲情する。
 自分がこんな嗜虐的な性分だとは気付かなかった。ほんの数分前までは御剣を大事に守りたいと、 確かに思っていたはずなのに。
 いや、今だってその思いが消えた訳ではない。 けれどそれを押しのけるように、御剣を傷つけたい残酷な衝動がゴドーの胸を暴れまわっていた。

 守りたい。壊したい。大切にしたい。奪ってやりたい。慈しみたい。踏み躙りたい。愛したい――――
   相反する感情に頭がおかしくなりそうだ。
 本当におかしくなってしまえれば楽なのにと、麻痺しかけた思考の隅で思った。

「神乃木……! どうして……」
「欲しいと思うのに理由が必要かい? オレはずっと、アンタが欲しかった」
   ゴドーが吐き出すようにそう言うと、御剣は傷ついたように、ひどく痛そうに顔を歪めた。
 同情されているのかと思うと怒りすら込み上げてくる。 一方で、そんな風にしか受け取れない自分がとてつもなく惨めだった。
「神乃木……私は、」
「嫌なら目を閉じていればいい。なんなら『御剣』と呼んでやろうか。成歩堂みたいに」
 ふと、ゴドーの下から逃れようともがいていた御剣がおとなしくなった。
 諦めたのかと御剣を窺えば、閉じられているかと思ったその瞳はまっすぐにゴドーを見つめていた。
「目は閉じない。だから神乃木、あなたはあなたのままで、したいようにすればいい」
 ゴドーを見つめたまま言葉を紡ぐ御剣には、先ほどまでの怯えはもう見えなかった。
「なにを……言っているんだ?」
「分からないか? 抱けばいいと言っている。それがあなたの望みだろう」
「……クッ! 可哀想なオレの望みを叶えてくれるってワケかい?」
「…………そうじゃない、私は……」
 何かを言い淀んだ御剣の、その言葉の続きを聞きたいとは思わなかった。
 御剣から向けられる真摯な視線に、これ以上向き合っていられなくて、ゴドーは御剣から目を逸らした。
 先程までの残酷な嗜虐心は影を潜め、代わりに重苦しい後悔と、怒りとも悲しみともつかない感情が支配する。
 ゴドーは静かにベッドから降りると、御剣から目をそらしたまま部屋を出ようと歩きだした。
「神乃木……!」
 御剣の声が追い縋るような響きでゴドーの背に降りかかったけれど、足を止めることは出来なかった。


 上着も持たずに外に出たゴドーは、思った以上に夜風が冷たいことに眉を顰めた。
 ぶるりとひとつ身震いをして、そのまま歩き出す。頭を冷やすにはちょうどいいのかもしれなかった。

 分かっていたはずだ。
 御剣には成歩堂がいて、自分は決してそれ以上にはなれない。
 分かっていて、それでも御剣との時間を手離すことが出来なかった。
 御剣に愛されたいと、そんなことを考えた事はなかったはずなのに。愛されていなくても、 傍にいる時間が大切だと、きっと自分は知っていたのに。
 けれどそんな満たされた時間はもう来ないだろう、と、ゴドーは口許に渇いた笑みを浮かべた。
 おそらく二度と御剣は自分の部屋を訪れることはない。
 神乃木、と、そう呼ばれることももうない。
 そう思ったのに。

「神乃木!」
 後ろからしがみ付くように左腕を掴まれて、ゴドーは一瞬言葉を失う。
 振り返れば部屋に置いてきたはずの御剣が、どこか必死の形相でゴドーを見上げていた。
「私を置いて、勝手にいなくなるな」
 走って追いかけて来たのだろう、御剣は少し息を弾ませながら眉間に皺を寄せた。
 あまりに予想外の出来事に、ゴドーはすぐには返事を返せずに、呆気にとられたように御剣を見つめた。
「寒いな……部屋に戻るぞ」
 そう言ってゴドーの腕を掴んだまま来た道を戻ろうとする御剣に、引きずられるように歩き出した。

「……どうして来たんだ?」
 まだ混乱した頭で、かろうじてそう尋ねる。
 御剣は答えない。無言のまま、ゴドーの手を引いて歩きつづけている。
 そんな御剣に焦れて、ゴドーは掴まれている手を強く引いた。反動で御剣がよろけながら立ち止まる。
「このまま部屋に戻れば、オレはまたアンタを襲うかもしれないぜ」
「……好きにすればいいと言っただろう」
「嘘だ。アンタは成歩堂を裏切れない」
 ゴドーが断言すると、御剣はそこで初めて迷うように視線を泳がせた。
 しばらく沈黙を続けた御剣は、やがて呻きにも似た溜息を吐いた。
「わからないのだ。あなたを思うこの感情がなんなのか」
「…………」
「成歩堂は私にとっては絶対の存在だ。なにがあっても離れられない。 でも、それとは別のところで、私は確かにあなたを想っている。 それが過去の感情を引き摺っているだけなのか、そうじゃないのか……」
 それから御剣は、何度か言葉を飲み込むような仕草をして、ゆっくりと続けた。
「あなたを憐れんで、好きにしていいなんて言ったわけではないのだ。……私は卑怯だな。 自分の気持ちを知るために、あなたを利用しようとした……すまなかった」
「……傷つけたのはオレだ。謝るのはオレの方だろう」
「あれくらいで、私が傷つくと思うのか?」
 傷ついてなどいないと、御剣が微笑む。
 そうやってゴドーのしたことを赦すつもりなのだろう。
 穏やかな御剣の表情に、たまらない気持になる。
 罵ってくれたほうが楽だったのに、慰められると余計に辛かった。

「名前を、呼んでくれないか」
 御剣がゴドーの頬に両手を伸ばす。両頬に包み込むように触れながら言った御剣の声には、 どこか懇願するような響きがあった。
 御剣の言葉を意味をはかりかねて、ゴドーは首を傾げる。
 それでも、名前を呼んでくれ、と同じ言葉を再度口にする御剣に、訝りながらもゴドーは御剣を呼んだ。
 怜侍、と。
 それを聞いて御剣は目を閉じる。やがて静かに目を開けると、何かを確認するかのように頷いた。
「やはり、あなたにそう呼ばれると落ち着くな」
「いったい何の話だ」
「あなたの部屋に行く前に、成歩堂とちょっとした諍いがあってな」
「いつものことだろう」
「成歩堂に、名前で呼んでもいいかと聞かれた」
「…………」
「断る理由なんて無いだろう? でも私は嫌だと言ったのだ。自分でも驚くほど即答で嫌だと言ったのだよ。 成歩堂は当然何故かと詰め寄ってきたが、私には答えるすべがなかった。本当に理由なんて思いつかなかったのだから。 ……ゴドーさんには呼ばせるくせに……成歩堂にそう言われて初めて気が付いたのだ」
 御剣の真剣な瞳がゴドーを捕えて離さない。
 その視線に縫いとめられたように、ゴドーは身じろぎひとつせず御剣を見つめ返していた。
「神乃木……私には今も分からない。愛しているのは、間違いなく成歩堂なのに。 なぜあなたの隣にいる時間を、どうしても捨てられないと思ってしまうのだろうな」
 呟くような、小さな声。
 自嘲するような笑みを口許に湛えて話す御剣は、静かに目を伏せた。

 曖昧な関係と曖昧な感情によって成り立っていた、ふたりの穏やかな時間。
 それを必要としていたのは自分だけだと、御剣はそれに付き合ってくれているだけだと思っていた。

 ゴドーは寒さのせいか小刻みに震える御剣の背に腕をまわしてそっと撫ぜて、 伏せられた瞼に触れるだけのキスを落とした。
 反応して顔をあげる御剣に、自然と微笑みが浮かんだ。
「寒いな……暖かい部屋と温かいカフェオレが必要だと思わねぇか?」

 十分だろう。
 あの部屋の暖かさを、確かに御剣も感じていたのだ。
 愛じゃなくたって、御剣が確かに自分を必要としてくれているのならば。
 それだけで。

 ゴドーの突然の言葉に一瞬だけ瞠目してから、御剣も微笑んだ。
 そして、ふたり並んで歩きだす。
「私はミルクティーがいい」
「クッ……! 仰せのままに、お姫様」

 冷えた身体を口実にして、今夜は御剣を抱いて眠ろう。
 そうして明日の朝には、いつものように恋人のもとへと送り出すのだ。



end // reset
2009.5.7 up
記念すべき10000打を踏んで下さったこしかけ芋さまの
リクエストは、ナルミツ前提のゴドミツでした。
『ナルミツに嫉妬するあまりにミツを手中に収めようとするゴド氏』
ということでしたが、うちのゴドはヘタレ街道まっしぐら!
無理やりなんてできません(笑)
最後はちょっとゴドが切ない感じですが、まぁ、あくまでナルミツ前提なので。
リクに応えられてるのかちょっとビクビクしながら、こしかけ芋さまに捧げます。