卵焼きの甘い罠


「御剣センパーイ。一緒に昼メシ食べましょー」
 生徒会室、と書かれた扉を、バァン、と盛大な音をたてて開いて早々、 成歩堂は笑顔で中にいるであろう人物に声を掛けた。
 対して、成歩堂の予想通りにそこにいた御剣は、わざとらしく深い溜め息をついてみせた。
「またキミか。あいにくだが、私はもう昼食は済ませてしまったのだよ。仕事があるので出て行ってくれ」
「センパイまたちょっとしかご飯食べてないんだろ? ダメだよそれ以上痩せちゃったらどうすんの」
 出て行け、とこれ以上ないほどはっきり言われたにも関わらず、 まったく気にせずその場で持参の弁当を広げながら成歩堂は勝手に会話を始めた。
 御剣はげんなりした顔を隠そうともせずに、成歩堂が開けようとしていた弁当箱のフタをパタリと閉めた。
「聞こえていないようだな。邪魔だから出て行けと言っている」
 この上なく不機嫌オーラを出している御剣に、けれど成歩堂は少しも怯むことは無かった。
 弁当箱の上に置かれている御剣の手を持ち上げて、楽しそうにふふ、と笑う。
「その手はもう使えないよ御剣センパイ。 ぼくが何のためにみんなに愛想振りまいてまで生徒会に立候補したと思ってるのさ」
 途端に御剣の顔が苦虫を噛み潰したようなものになる。
 今二人がいる部屋は『生徒会室』で、御剣はそこの主の『生徒会長』である。
 入学してきてからずっと、何の嫌がらせか御剣に付きまとい続けている、 御剣よりひとつ年下の成歩堂から逃れられる唯一の場所が、この生徒会室であった。
 ……つい一週間ほど前までは。

 生徒会室は一般の生徒が許可なく入ることの出来ない、御剣にとっては学校で数少ない聖域のひとつだったのだが、 その生徒会室だって、生徒会役員にまで入室を拒否することは出来ない。
 それまで散々、役員でないという理由でこの部屋から追い出されて来た成歩堂は、 この秋の生徒会役員選挙で、一年生ながら書記の座をモノにしたのだ。
 内申点になど何の興味もない成歩堂が生徒会に立候補し、さまざまなコネを駆使したり、 必死の演説に走り回って票の獲得に躍起になった理由はただひとつ。
 御剣の側にいるため、だ。
 一目惚れだったのだ。
 入学式で、在校生代表挨拶をする御剣を見た瞬間から。
 ひとつ年上の先輩だとか、みんなの羨望の的である生徒会長だとか、そもそも相手も自分と同じ男だとか、 それら普通の人間にしてみたら自重する理由として十分な事柄は、けれど成歩堂にとってはなんの意味もない。
 好きだから一緒にいたい、それだけなのだ。

 入学式のその日から、御剣のクラスに押し掛けて彼に纏わりつく成歩堂に、御剣は最初こそ戸惑っていたものの、 今では先程の会話の通り、バッサリと斬って捨てる強かさを身に着けていた。
 けれど、まるで怒られても五分後には忘れて尻尾を振ってくる犬のように、成歩堂が諦めることは無かった。
 あまりにしつこい成歩堂対策として、御剣はこの生徒会室に逃げ込むことにしていた。ここなら、 成歩堂の接近を許すことはなかったのだ。
 成歩堂からしたら、学年の違う御剣と一緒にいれるのは昼休みと放課後くらいで、 その時間を生徒会室に籠られては御剣に付き纏うことすらままならない。
 けれど成歩堂がそれで黙って諦めるはずもなく、今ではこの生徒会室に自由に出入りできる権利を獲得している。
 こと御剣に関することならば、成歩堂は驚異的な行動力を発揮するのだ。

「ね、諦めて一緒にご飯にしましょ。今日は多めに作って来たから、食べてよ」
 そう言って捕まえた御剣の手の甲にキスをする。
 御剣は慌てて、成歩堂に捕まえられた右手をとりもどそうと強く引くのだが、 成歩堂はそれをさせずに自分が座る椅子の隣に御剣を座らせた。
「ほら、あーんして」
「絶、対、に、い、や、だ」
 左手は御剣の右手を捕まえたまま、フォークで刺した卵焼きを御剣の口許へと運ぶが、 当然ながら御剣は頑として口を開かなかった、けれど。
 先程、成歩堂が御剣の手に唇を触れさせたときから、その頬と言わず耳と言わず、 首から上全てが紅く染まっていることは隠しようもなくて。そんな御剣の反応に成歩堂が調子に乗らないはずも無いのだ。
「……フォークが嫌なら、直接口移しでもいいんですけど」
「……!!」
 まさに神速、とでも言えそうな早さで、成歩堂の持つフォークから卵焼きが姿を消した。もちろん御剣の口の中に。
「あはは。照れちゃって。かわいいなぁ、ホント」
 ギロリ、と他の人間であれば裸足で逃げ出しそうな鋭い眼光で睨まれても、成歩堂はまるで気にしていないようだった。
 それどころか可愛いなどというのだからどうしようもない。

「ね、おいしい?」
「ム。……不味くは、ない」
「よかったー。じゃあこっちの唐揚げは?」
 ひょい、とまた口許にフォークを突きつけられて、ついパクりと食べてしまったのは、成歩堂の誘導の賜物か。
 唐揚げを咀嚼しながら思案顔になっている御剣は、 成歩堂のペースに乗せられていることにきっと気付いていないだろう。
「うム。キミは料理が上手いな」
「ホント!? よかったー。これならいつでもお嫁にいけるよね」
「キミが行くなら婿だろう?」
 成歩堂の言葉に本気で不思議そうな顔をする。そんなところがまた可愛いんだけど、と、成歩堂は笑みを深くした。
「じゃあ、御剣センパイがお嫁さんだね」
「……! なぜそうなるのだ!」
「心配しなくても家事は全部ぼくがやりますからー」
「そういう問題では、」
 何か反論しようとした御剣を遮るように、成歩堂は先程からずっと繋がれたままの御剣の右手を引いて、 そのまま唇を奪う。
 御剣は目を閉じることも出来ないまま固まってしまっていて、 成歩堂もまるでそれを楽しむように近距離から御剣の瞳を覗き込んでいた。
 離れる瞬間に御剣の唇をチラと舐めてから成歩堂はもう一度御剣の顔を見る。
 ニコリと微笑んでやると、ぼぼぼ、と音がしそうな勢いで御剣の顔が真っ赤に染まった。
「ちょっと早いけど、誓いのキスね。他の人とはしちゃダメだからね」
「なっ、そ……するわけないだろう!!」
「うん、ありがと」
 御剣は他の人間とキスすることを否定しただけであって、成歩堂とのキスを肯定したわけではもちろんなかった。
 成歩堂にだってそれは十分わかっていたのだが、 これで言質を取れたと思う程度には成歩堂は御剣に対して策略家であったので。

 それに、と成歩堂は思う。
 御剣は自分のことを確実に意識し始めているのだ。それは御剣の反応から見ても明らかで。
 だけどここで焦りすぎてもいけない。
 急いては事を仕損じると言うし。
 ゆっくりゆっくり、相手が罠に足を踏み入れるまで。

 御剣に関することにならば、相当な忍耐力を発揮する成歩堂は、長期戦の準備だってもちろん万端だった。


end // reset
2008.10.14 up
4700番を踏んでいただいたうるめ瞳さまのリクエストは
『ナルミツ学生設定で甘々希望』
でした〜!
どこが甘々なのかって、成歩堂の作った卵焼きが……(汗)
いや、申し訳ございません。