melancholia wolf


 少しでも時間が出来れば日本行の飛行機に乗る。
 御剣と出会ったあのいくつかの事件以降、それがロウの中での決まりごとになっている。

 一番大事にしてきたといってもいい部下を失くした事件があった場所……それでもロウにとって日本が鬼門にならなかったのは、 ただ単に御剣怜侍という人間がそこにいるから、というだけの理由による。
 検事なんて人種は汚い奴ばかりだと思っていた、そんなある種自己暗示じみた確信を、見事に粉々にしてくれた男だった。
 正直に言うのであれば、今でも検事に対する嫌悪がなくなったわけじゃない。ただ、御剣は違う、御剣だけは信じられる。

 そんな信頼と肩を並べるように、いつしか御剣のことを知りたいという思いと御剣に触れたいという思いが大きくなってゆき……まぁ簡単に言うなら『惚れた』ということ。
 潔さは自分の長所のひとつだと自負していたロウは、自分が同性を好きになったからといってそれを押し込めるようなことはせずにすんなりと認めたし、とにかく頑張った。
 仕事で世界中を飛び回っているロウには自分の好きに使える時間はもともとあまり多くはなかったし、御剣の果てしなく鈍い性格も災いして、 そういう意味で仲良くなるまでにはかなりの苦労があった。
 だから初めて御剣から電話をもらった時や、御剣の部屋に行った時、なにより自分の想いが通じて晴れて恋人同士になったときには涙さえ落としてしまいそうなほどで。
 それからの日々はロウにとってまさにバラ色、になるハズだった。

 ひと月ぶりに訪れた御剣の執務室には先客がいた。
 ドアを開けた瞬間に鼻をかすめる香ばしい空気に眉を顰め、その発生源である男に好意的ではない視線を送ってから、ロウは御剣に声をかけた。

「久しぶり、検事さん。調子はどうだ?」
「あぁ、すまないが、まだ仕事が片付いていないのだよ。少しの間掛けていてくれたまえ」

 今日日本に来ることは伝えてあったのだが、少し時間が早すぎたらしい。御剣は申し訳なさそうにロウにソファを勧めた。
 それは別にいい。この後で御剣とふたり、幸せな時間を過ごせるならいくらだって待っているとも。
 ただ、デスクに座る御剣のすぐ傍の窓際に寄りかかりながら、ロウにからかうような視線を送ってきている男の存在だけは、気に入らなかった。

「今夜はふたりでデートかい?」
「そ、そのようなアレでは……」
「クッ……違うのかい? じゃあ嫉妬する必要もないってわけだな」

 耳を赤く染めている御剣を見れば、照れて言い淀んでいるのだということは分かる。だからロウはその言葉に傷ついたりしないし、むしろそんな御剣を可愛いと思う。
 そんなことは御剣の横にいるいけすかない仮面男だって気付いているだろう。それでもその男、ゴドーはそれを幸いとばかりに御剣に近づいていく。

「今度、オレとはデートをしようぜ」

 座る御剣のすぐ隣に立ったゴドーは、御剣の顎に手を添えて自分の方を向かせてゆっくりと顔を近づけ……
「待ったぁぁぁッ!」

 このままではマズいと察したロウは咄嗟に御剣の頭を抱きかかえるように自分の腕の中にしまい込み、その拍子に首が思わぬ方向に曲がった御剣は、ぐぇ、と声にならぬ悲鳴をあげた。

「こいつはオレのモンだッ!」

 まるで我が子を敵から守ろうとする親犬のような必死の形相で、ロウがゴドーを睨みつける。ぐるるるる、と喉を鳴らす音まで聞こえそうなその様子を、 けれどそれさえも面白いと言うようにゴドーは口許を歪めた。

「ほう、聞き捨てならねぇセリフだ……が。その前に、大事なコネコが瀕死だが、それはイイのかい?」
「あぁ? ……うおッ! 検事さん、大丈夫か!?」

 無意識に力を込めてしまっていた狼の腕で首を絞められていた御剣は、頭に酸素がまわらずに落ちる寸前の状態だった。
 慌てて狼が腕を緩めると、けほけほと苦しげに何度か噎せた御剣はロウとゴドーを交互に見た……というか睨んだ。



 そんなわけで、御剣に仕事の邪魔をするなと睨まれたロウは、何故かゴドーと一緒にソファに腰掛けている。
 ゴドーは手の中のコーヒーカップを傾けながら、御剣の方ばかりを見つめている。
 ロウだってそうしたいのは山々なのだが、隣に座る男がどうしても気になってしまう。

「アンタ、自分の仕事はいいのかよ」
「ん? 心配には及ばねぇさ。オレは仕事が速いんでね」

 やることがないならさっさと家にでも帰ればいいとロウは思うが、言わない。ここでまた喧嘩でもして御剣に怒られるのは御免だ。
 それでも不機嫌な顔にはなったのだろう。ゴドーはそんなロウの様子を見てまたからかうように笑った。気に入らない。

「そんな熱い視線向けちまうほど、オレは男前かい?」
「なッ、誰がっ……!」

 思わず大きな声を出してしまって、ロウは慌てて口を押さえて御剣を見る。御剣は一瞬だけロウに視線をくれたが、幸い今は仕事に集中しているのか睨まれることはなかった。
 ロウは元凶の男を睨んで、ムッツリと黙りこむ。こんなヤツと話しても良いことなんて何一つない。と思ったのに。

「アンタはあのコネコが大好きなんだなぁ」
 なんて、ゴドーがニヤニヤしながら声を掛けてくるから、ロウのだんまり作戦はすぐに使えなくなった。

「だったらどうだって言うんだよ」
「いや……ただ、微笑ましいな、と思っただけさ」

 むかつく、以外の言葉が見当たらない。むかつくから何か言い返してやりたいのだが、ゴドーの横顔は感情が読み取れなくて意味もなく気圧されてしまう。
 そういうアンタはどうなんだよ、と、墓穴を掘るようなことを口走ってしまって、ロウは少しだけ後悔した。

「御剣のことは可愛いと思ってるぜ? 食べちまいたいくらいにな」

 その言葉に反応したのはロウよりも御剣だった。手に持っていた万年筆を取り落として慌てて持ち直している。
 ロウにとっては好ましい反応ではなかったが、何事もなかったかのように取り繕う御剣を責めることもないと、その分の苛立ちはゴドーへと向けて睨みつけた。
 ゴドーはそんなロウを眺めながらカップに口を付ける。

「アンタも、な」
「あぁ?」
「アンタも、可愛いけどな」
「ハァ!?」

 ロウは信じられない気持ちで横に座る男の奇抜なゴーグルに覆われた顔を見つめる。きっと口はだらしなく開いていたに違いなかった。
 その証拠に、ゴドーはおかしそうに喉を鳴らした。

「オレは別に、アンタから御剣を奪うつもりはねぇが」

 そこで一度言葉を止めて、ゴドーはまるで内緒話でもするみたいにロウに顔を近づけてきた。
 少し強くなったコーヒーの香りが、目の前の男に嫌味なほど似合っていて少し悔しくなる。

「可愛いコネコは撫でるもの、だぜ」

 ロウにしか聞こえないほどに抑えた声音で、そんなことを言う。
 まるで御剣を弄ぶかのような発言に、ロウの表情は一段と険しくなる。

「アンタ、オレに喧嘩売ってんのかよ」
「クッ……牙を剥いて必死に威嚇するコイヌも、嫌いじゃねぇぜ」

 思い切り凄んでみても飄々とした態度を崩さない相手に苛立って、ロウは大きく舌打ちをした。
 ふいに、ゴドーが御剣の方に顔を向けたのにつられてそちらを見遣れば、険悪な態度になっているロウが気になるのだろう、 御剣が困惑した表情でふたりのやり取りを見ていた。
 ゴドーは御剣を見つめたまま、ロウの耳元に顔を寄せて小さな声で、
「オレは、欲しいモノのためには手段を選ばないタチでな」
 などと言われ訳が分からずにその派手なゴーグルの奥を見つめていると、ゆっくりと赤い光が近付いてきてロウの視界は赤で満たされた。
 真っ赤な視界の奥に、男の笑った目が見えた気がした。


「なっ……い、いま……き、き、き」

 あまりのことに思考が追いつかず、口をぱくぱくさせながらそれでもなんとか言葉を発しようとするロウの隣で、 ソファから立ち上がったゴドーはニヤニヤと笑っている。
 その顔はロウではなくて御剣に向けられていて、その時点で少し分かってしまった。

「オレが欲しいのはコネコであってコイヌじゃねぇから安心していいぜ」

 またも耳元に唇を寄せて囁かれて、ロウは今度こそ鳥肌が立つと同時に確信する。嵌められた、と。
 何か言わなければ、と思う。ゴドーに、ではなくて御剣に。
 けれどいきなり唇を奪われたショックがまだ尾を引いていて、咄嗟に言葉が見つからなかった。
 絶望的な気持ちで御剣を見れば、ロウと同じように呆然としていたが、万年筆を持つ手が小刻みに震えだし、 だんだんと震えの大きくなった手の中で見るからに高価な万年筆の断末魔が高らかに響いた。
 わぁ、力持ち! と褒め称える余裕があるはずもなく。
 椅子から立ち上がってソファに近づいてきた御剣に、ぶん殴られる覚悟を決めて身構えたのだけれど。御剣はロウではなく隣に立っているゴドーに向かっていた。
 どうやら御剣の怒りはキスをする隙を与えた恋人ではなく、キスをした張本人に向かったらしい。

 ロウはほっと胸を撫でおろしたが、それも一瞬のことだった。
 御剣に怒鳴られているゴドーが、ロウを一瞥してニヤリと笑ったからだ。

 どうやらゴドーは御剣にちょっかいを出せればそれで良いらしい。
 確かに、今この瞬間、御剣の目に映っているのはゴドーであってロウではなく、御剣に詰め寄られているゴドーは驚くほど楽しそうだ。
 御剣はロウのために怒ってくれているのだから、確かに自分が勝っているはずなのに、まるで負けているような気がしてならない。
 奪うつもりはないなんて、まるっきり嘘じゃないか。

「おーい、検事さん。アンタの恋人はオレだよなぁ?」

 苦し紛れに言えば、ゴドーに怒鳴り散らしているそのままの勢いで、「他に誰がいるんだっ!」なんて言葉が飛んできて、一瞬呆気にとられた。
 そんな素直に(言い方はともかく)答えてくれるとは思わなかったので。
 じわじわと嬉しさが込み上げてきて、ロウは御剣を抱きしめたい衝動に駆られたのだが、肝心の御剣は、今のセリフをゴドーにからかわれて真っ赤になっていて、 ロウの相手などしてくれそうもなかった。今手を出せば今度こそ間違いなくぶん殴られそうだ。

 ゴドーは相変わらず楽しそうに笑っている。
 やっぱり、負けている気がするのは間違いじゃない。


end // reset
2009.12.18up
33333Hitを踏んでくださったふぶきさまのリクは、
みっちゃんがモテモテで(ゴドーさんとかに)俺のもんだ!的に嫉妬しちゃう狼なロウミツ
でした!
すごく……本当にすごく楽しく書かせて頂きました。
楽しさのあまり暴走してすみません(汗)
ゴドロウのちゅーなんて誰ひとり欲していないだろうに……
こんな話ですが、リクしてくださったふぶきさまへ!
こんなの嫌!! って場合はご連絡ください〜全力で書き直します!(笑)