O/K/!!


 御剣は格好いい。
 いや、これは恋人の贔屓目とかじゃなくて、客観的に見ても、そうだと思う。
 高い鼻に切れ長の瞳。顎だってシャープだし、肌なんてツヤツヤだ。
 スラッと背が高いのにひょろりとして見えない綺麗な筋肉のつき方とか。
 身のこなしだって完璧だし、法廷で響かせる声だって堪らない。

 御剣は可愛い。
 いやいや、冗談じゃなくて。
 頭が良いのにちょっと抜けてるところとか。
 触ると以外に柔らかいほっぺたとか。
 たまに見せる困った表情なんて凶器に近い。
 ぼくぐらいになると、法廷で追い詰められた時の白目を剥いた顔まで可愛く見えちゃうんだけど、 それが世間一般の可愛いと違うことくらいは知ってるから、そこまでは同意を求めないけど。
 でもそんなのは差し引いたとしても、御剣は可愛いんだ。

 そんな御剣とぼくは、つい最近恋人同士になったばかりだ。
 そうなるまでに、ぼくがどれだけ苦労したか。
 それだけで本が一冊……しかも、ホーム〇ス〇学生の十倍以上の苦労話を詰め込んだものが書けそうなくらいだ。
 あいつときたらとにかく鈍くって……あぁ、話が逸れちゃったな。
 過去のことは置いておくとして、大切なのは今だ。
 さっき言ったとおり、御剣は格好良くてなおかつ可愛い。
 だからあいつと町を歩けば結構な数の視線を感じるし、検事局に忍び込んで一日観察してた時なんて、 女性職員と話せば目がハートになってるし、男性職員といるときにはやたらとボディタッチが激しかったりする。
 つまり御剣はかなりモテるんだけど、困ったことに本人はその事にまったく自覚がない。見られ放題、触られ放題だ。
 あまりいい気持ちがしないのは当然なのだけれど、逆に考えればその鈍さが鉄壁のガードになっていたのも事実なのだ。
 例えば御剣に好意を持った人間が、あいつを食事に誘ったとしても、9割は仕事を理由に断られる。 素敵ですねと褒めてみたところで、馬鹿を言うなと一笑に付される。
 どんなにアピールしてみても、口説いても、全て空振りに終わるのだ。鈍いから。
 御剣からしたら悪気がある訳ではないんだけど、 何度もそんな反応をされれば自分が嫌われていると思ってしまって当然だろう。

 けれど、何にでも例外はつきものだ。
 例えばぼくとか。
 それに今、目の前でぼくの御剣にくっついている男のように。

「……ゴドーさん、いったいここで何をしてるんですか」
 ぼくの不機嫌な声に、怯むでもなくこちらに顔をむけた男は、心外だとばかりに眉を上げた。
「まるほどうの仕事を手伝ってやったんじゃないか。オレの意見が聞きたいと言ったのはアンタだろう」
 言われてぼくは言葉に詰まってしまった。
 確かに、その通りなのだ。

 ゴドーさんは綾里舞子殺害の犯人として起訴されて、執行猶予付きの有罪判決を言い渡された。
 それからこの人は検事にも弁護士にも戻らず、喫茶店を開いて悠々とそこのオーナーに納まった。 その喫茶店がぼくの事務所のすぐ近くだから、たまに顔を見せてくれるようになって、 ぼくも自分が扱っている案件について意見を聞かせて欲しいと頼んだりもしている。
 それ自体は、良かったと思う。弁護士を辞めてもその優秀さは変わらないし、この人は真宵ちゃんを守ってくれた訳だから、 感謝もしている。

 だけど、それとこれとは話が別だ。
 今も、御剣の肩を抱くように腕をまわしているゴドーさんを、ぼくはじとりと睨んだ。
「……お話は十分聞かせてもらいました。早く店に戻らないと、店番のアルバイト君が可哀相ですよ」
「聞いたか御剣。ここの所長さんは礼儀ってモンを知らないらしい。 自分から呼んでおいて用が済んだら早く出て行けとはな」
「うム。私も、その態度はどうかと思うぞ」
 御剣を味方に引き入れて、ゴドーさんはニヤニヤ笑っている。
 腹立たしいことこの上ない。
 だいたい、ゴドーさんとの話は随分前に終わっているのだ。 ちょうど帰ろうとしたところに御剣が来たもんだから居座ってるだけのくせに!
 これじゃあまるでぼくが悪いみたいじゃないか。
 苛々と唇を噛むぼくを尻目に、ゴドーさんは尚も御剣に顔を近づけている。
 こんな危ない男に肩を抱かれて、どうして御剣は逃げないんだ!
 ……分かってる、鈍いからだ。自分がどんな状況かなんてまったく分かっちゃいないんだ。
 それが理解できるだけに、ぼくは尚更どうしようもなくなっていく。
「出てけって言われちまったからな。オレは帰るが……御剣も、一緒に来るかい? うまいコーヒーをご馳走するぜ」
「ムぅ……そういえば、あなたの店にはまだ行ったことがなかったな。 私としたことが礼を欠いていた。お邪魔させてもらおう」
 前半部分に必要以上に哀れっぽい響きを出して、御剣に尋ねながら立ち上がったゴドーさんに、 少し考えてからそう答えた御剣は、さっさと帰り支度をし始めて、焦ったぼくは思わず「待った!!」と叫んでしまった。 まるで法廷さながらの大声で。
「なんだ、成歩堂。いきなり大声を出して」
 眉を顰めながら御剣がこちらを振り返る。その顔は間違いなく、 ぼくがゴドーさんを追い出そうとしたことを責めている。
 ぼくは悪くないのに、と理不尽に思いながらも、御剣を引き止めるために何とか笑顔を作った。
「い、いや……御剣はぼくに何か用事があってここに来たんじゃないのかなぁと思ってさ」
 しどろもどろに言ったぼくに、御剣はまさにたった今思い出したと言うように頷いて、とりあえず、 鞄をもう一度ソファに置いた。

「忘れるところだった。成歩堂、キミはこの裁判の資料を持っていないか?」
 御剣がこっちに向き直ってくれたことが嬉しくて、ぼくはスキップでもしそうな勢いで彼に近づく。 反対にゴドーさんはつまらなそうな顔でこちらを眺めていて、ぼくは心の中でこっそり舌を出した。
 御剣が差し出したのは随分と古い判例集の1ページのようだった。
 軽く内容にも目を通してみたけれど、残念ながらぼくは全く知らない裁判のようだ。もちろん資料も持っていない。
「うーん……ごめん、御剣。これは初めて見たよ」
「そうか。キミの好きそうな展開の裁判だったから、もしかしたらと思ったんだが」
 ぼくが好きそうな展開って、どんなだよ……、と、つっこもうかどうしようか迷っていたら、 それまで少し離れたところに立っていたゴドーさんが、いつの間にか御剣の背後から顔を覗かせていた。
「この裁判なら、知ってるぜ」
 ゴドーさんの言葉に御剣が驚いたように背後を振り返り、本当か? と聞き返した。
「あぁ。確か土壇場で弁護側が逆転勝利したやつだろう。当時は結構話題になったからな」
 そう言いながら御剣の手から紙を取り上げて目を通しているゴドーさんに視線を固定して、 ちっともぼくの方を見てくれない御剣に悔しくなって、さりげなく御剣の視界に入るように移動してみたのだけど、 全く気付いてもらえなかった。
 仕事のことになるといつも以上にきりりとした表情になる御剣の顔も好きだけど、 恋人に見向きもしないというのはどうなんだろう。

「星影のオッサンのところには資料があったと思うが、行ってみるか?」
 ゴドーさんの言葉に嫌な予感がして御剣を見ると、当然だとばかりに頷いている。
 待て待て待て。このまま進むと良くない。非常に良くないのだけど、咄嗟に止める言葉が思いつかなかった。
「それならオレが連れて行ってやるさ。うまいコーヒーはその後ゆっくり、な」
 明らかになにか含みを持たせて御剣にそう言ったあと、ぼくの方を見てニヤリと口の端を吊り上げた。
「……っ! ぼくも行くっ」
「駄目に決まってるだろう。事務所をほったらかしにするつもりか?」
 耐え切れずに御剣の腕を掴みながら叫んだ言葉が、却下されるのは分かりきっていたけれど。
 でもでも、その男は危ないんだってば! という気持ちをこめて御剣を見つめてみたところで、この鈍い男に 伝わるはずもない。「そんなに神乃木のコーヒーが飲みたいのか?」なんて、とんちんかんな事を言っている。
 そんな訳ないだろうとがっくり項垂れたぼくの腕からさりげなく御剣を引き離して、ゴドーさんが「行こう」 と御剣の腕を引いた。
「うム。……分かったぞ、成歩堂。星影弁護士に会いたいんだな? 言伝くらいならしてやらないこともないが」

 ……どうしてそうなるんだろう。

「…………行ってらっしゃい」

 ふたりが事務所を出るとき、クッ……とゴドーさんが面白そうに喉を鳴らす音が聞こえて、 ぼくはうかつにも泣きそうになった。

  *  *  *

「この前話したアレ、次の日曜でいいか?」
「あぁ、構わない。では用意をしておこう」
 昼下がりの成歩堂法律事務所。
 所長のぼくが仕事に追われているのを気にもとめないで、まったりとお茶してる人間がふたり。
 御剣とゴドーさんだ。
 ふたりの様子が気になって仕事どころじゃなかったぼくは、その会話を聞いて、仕事をするのを完全に諦めた。
「アレって何ですか……?」
 とりあえず、『アレ』発言をしたゴドーさんに問うと、ニヤリと嫌な笑みを返された。
「この前のお礼に、御剣に乗らせてもらうのさ」

 ガタンッ!!
「のっ、乗らせてもらう!?」
 御剣に乗るっていうのはつまり……『アレ』ってことか!!?
 あまりのことに勢い良く椅子を倒しながら立ち上がったぼくに、御剣が驚いたようにこっちを見ている。
 いやいや、驚いたのはこっちだよ。
「どういうことなんだよ、御剣」
「どういう……とは?」
「何だってそんな話になってるんだ!?」
「だから……この間資料を探すのを手伝ってもらった礼なのだが」
 お礼って……そんな馬鹿な!
「何かまずかっただろうか?」
 信じられないという顔をしているぼくを怪しげに見て、御剣が口を開いた。
 まずいに決まってるだろう!
 いくら天然でも、いくら鈍くても、そんなことってあるか!?
「だって御剣、ぼくとだってまだしてないのに!!」
 ゴドーさんがクッ……と笑う声が聞こえるけど、そんなことに構ってる余裕はなかった。
 ひどいよ御剣! ぼくより先にゴドーさんとセックスしようとするなんて!
 ていうか先とか後とか関係ないだろ。ぼくっていうれっきとした恋人がいるのに他の人となんてダメに決まってる!
「なんだ、成歩堂。キミもやりたかったのか? それなら一緒に来ればいい。 順番でやれば三人でできないこともないだろう」

 …………3P!?
 ちょっとイイかもしれない、なんて思ったのは一瞬で、ぼくはすぐに頭をブンブンと振る。
「三人でなんて! ぼくは御剣と二人でしたいんだ!」
「我が侭を言うな。先に約束したのは神乃木なのだから、嫌ならキミはまた次回だな」
「そんな!!」
 あんまりな言葉にぼくはしばらく茫然としてしまう。
 哀しいんだか、怒りたいんだか、もう良く分からなくなってしまった。
 分かるのは、御剣とぼくは恋人なんかじゃなかったってことだけだ。少なくとも、ぼくが思っていた関係ではない。
「もう、分かったよ。ふたりとも、今日はもう帰って」
「なんだと言うのだ。そんなに怒るようなことじゃないだろう」
 ぼくの態度に納得がいかないと言うように御剣が眉間に皺を寄せているけど、構わなかった。
 ひたすら俯いたまま、ふたりが出て行くのを待っていた。

「クッ……まぁ落ち着けよ、まるほどう。御剣は悪くない。オレが、」
「うるさい! いいから早く出て行けよ!」
 この期に及んで御剣を庇おうとするゴドーさんに苛々する。
 これ以上一秒だってふたりの顔を見るのも声を聞くのも嫌で、 ぼくはなりふり構わず二人を事務所のドアの外へと押し出した。
 今はとにかく、独りになりたかった。

  *  *   *

「なんなのだあの男は!!」
 目の前のカウンターに置かれたコーヒーに手を伸ばしながら、 眉間が割れてしまうんじゃないかと心配になるほどに顔をしかめている御剣に、ゴドーは曖昧な笑みを返した。
「悪かったな。オレのせいで怒らせちまった」
「あなたは何も悪いことなどしていないだろう。あんなことで怒りだすあの男がおかしいのだ!」
 怒り心頭といったふうにそう言い切った御剣を宥めながら、どうしたものか、とゴドーは考える。
 明らかに、自分がタイミングを逃したのが悪い。最初にわざと誤解を招くような言い方をしたのは、 可愛いイタズラで済ませられる範囲のことだとしても、だ。
 だからといって、ここで御剣にタネ明かしをするのも骨の折れる話だ。 この青年の鈍さならゴドーにだって充分に覚えがあるのだ。

「……本当に、なんだと言うのだ」
 まぁ、なるようになるだろうと、若干無責任な結論を出そうとしていたゴドーの耳に、 カウンターの向かいから御剣の声が聞こえて来た。
 先程までのものとは違い静かな声音で呟かれた言葉は、ゴドーへ向けられた訳ではなく、 どちらかというと独り言に近いもののようだった。
 ちらりと視線をそちらへ遣って御剣の表情を見てしまって、ゴドーの胸が罪悪感でチリリと痛む。
 眉間の皺はそのままに、伏せられた瞳だけが戸惑いに揺れていた。
 御剣からしたら、成歩堂がどうしてあんな態度をとったのか、不可解極まりないのだろう。 それだけに、自分が何かまずいことをしてしまったのだろうかと、不安になるのも無理はない。

 少しからかってやるだけのつもりだった。
 最近妙に浮かれていた成歩堂に、御剣が関係しているのは火を見るより明らかで。
 上機嫌すぎる人間を前にして、いじめてやりたくならないなんて嘘だろう。
 ましてやその上機嫌の原因が、自分も少なからず気に入っていた青年だったなら尚更だ。
 予想通りの反応を返す成歩堂が愉快で、ついついイタズラが過ぎてしまったようだ。
 成歩堂はともかく、御剣にこんな顔をさせる意図は露ほどもなかったというのに。

   伏せられた睫毛が影を落とす目許に、隠しきれずに浮かんだ憂いを拭ってやりたくて、ゴドーは腕を伸ばしたけれど。
 自分がそれをするのはあまりに都合が良すぎる気がして、躊躇した。
 何もない空間に中途半端に止められた腕に、御剣が怪訝そうな視線を寄越す。
 できるだけ不自然にならないようにその腕を引っ込めて、 ゴドーはゴーグル越しでも分かるように口許を緩めて微笑んでやった。
「大丈夫だ。まるほどうはちょっとばかり拗ねちまってるだけさ」
「そう、だな」
 納得したとは言いがたい顔で、それでも先程までの不安げな表情はもう見せなかった。
 ごちそうさま、と、コーヒーカップをゴドーに手渡して席を立った御剣を、店の外まで見送りに出て、 今度は躊躇わずに御剣の髪をクシャリと撫ぜた。
 そのままもう一度、大丈夫だと言ってやると、御剣は途端に不満そうな顔をした。
「あまり子供のように扱うのはやめていただきたい」
 そう言って抗議する御剣の顔は拗ねた子供そのもので、 ゴドーは込み上げる苦笑と胸の疼きを御剣に気付かれないように喉の奥で押し殺した。

  *  *  *

 ピンポーン
 ……ピンポンピンポーン
 ……ピンポンピンポピンピンポピピンポピンピンポピンポーーン

 今日は日曜日。先日、御剣とゴドーが約束をしていた日だ。
 成歩堂は出来るだけそのことを考えたくなくて、布団をかぶって一日中寝ていることに決めていた。
 だからインターホンが鳴っても、たとえ何十回連続で鳴らされようとも、絶対に出ないと決めていたのだ。
 それなのに、招かれざる客は何が何でも成歩堂を起こさないと気がすまないらしい。
 インターホンに焦れたのか、今度はガンガンガンッとドアをぶち壊す勢いで叩き始めた。
「アンタ、呑気に寝てる場合じゃないッス! 御剣検事が大変ッスよ!」
 ドアを蹴破られようが、いっそ地球が滅亡しようが、絶対に出てやるもんかと半分意地になっていた成歩堂だったが、 『御剣』の一言でベッドから飛び起きた。
 そのまま玄関へ走ると、思い切り勢い良くドアを開ける。
「御剣がどうしたんですかっ!?」
 前触れもなく開かれたドアに弾き飛ばされてうずくまっている糸鋸は、成歩堂を恨めし気に見上げたけれど、 当の成歩堂はそんなことにはお構いなしで糸鋸に詰め寄った。
「と、とにかく一緒に来るッス」
 赤くなってしまった額をさすりながら、成歩堂の腕を掴んで半ば強引に車の助手席に座らせると、 自分は反対側にまわって運転席に収まった。

 そのまま車を発車させる糸鋸に、成歩堂はなにがなんだか分からない。
「いったいどこに行くつもりですか? 御剣は!?」
 何も言わずに車を運転する糸鋸に焦れて成歩堂が問い詰めると、 糸鋸は成歩堂に意味深な一瞥をくれてから話しはじめる。
「御剣検事は、ゴドー検事に拉致されたッス」
「拉致!?」
「抵抗する御剣検事を、ゴドー検事が無理やり車に乗せるところを、自分は確かに見たッス!!  あれは絶対拉致に違いないッス!」
「なっ……!」
 どういうことだろう、と成歩堂は混乱する頭で必死に考える。
 もともとふたりは今日会う予定になっていたのだから、ゴドーさんの車に御剣が乗ったっておかしな事じゃない。
 だけど、抵抗していた、となると……。
 この前の会話がよみがえる。思い出したくもないことだけど、あのふたりは今日、セックスをしようとしていたのだ。
 それを御剣が嫌がって、ゴドーさんが無理やり連れて行ったということは……!
「イトノコさん、急いでください! 御剣が危ない!!」
「わ、分かってるッス! 大人しくしてるッス!」
 助手席から身を乗り出して、糸鋸のコートの襟を掴んで揺さぶる成歩堂に、危うくハンドルを放しそうになりながら、 糸鋸はなんとか成歩堂を引き剥がした。

 
 それから40分ほど車で走って、糸鋸が車を止めたのは『ウェスタンヒル』と書かれた看板の前だった。
 看板の付いた入り口から見えるのは、二階建てのアパートと同じくらいの大きさの建物と、広大な敷地。
 牧場…だろうか。
 成歩堂の顔が疑問の色に染まる。
「なんでこんなところに御剣がいるんですか……?」
 成歩堂から怪しげな視線を向けられて、糸鋸は困ったように視線を逸らした。
 まさか、騙されたのだろうか、と成歩堂の視線が鋭くなる。
 良く考えればおかしな事ばかりなのだ。
 もし糸鋸が御剣が連れ去られる現場を見たなら、成歩堂を呼びにくるまでもなく自分で助けるだろうし、 偶然二人を見つけたというのに、二人が行こうとしているところを知っているなんてありえない。
 御剣の名前を出されて平常心を失っていた自分に、臍を噛んだ。
「ぼくを、からかったんですか?」
 常にないほどに強い視線で睨まれて、糸鋸は首を竦めて頭を掻いた。
「ゴドー検事に頼まれたッス。アンタをここに連れて来いって」
 言いづらそうにしながらも、あまり悪いとは思っていないようだ。
 御剣検事がここにいるのは本当ッスから! と笑顔を向けられて、成歩堂はますます頭が混乱した。
 ゴドーさんはいったい何がしたくてこんなことしたんだ? と、考え込む成歩堂をよそに糸鋸は車から降りると、 助手席から成歩堂を引っ張り出して、強引に引きずっていく。

 わけも分からないまま糸鋸につれられて中に入ってみると、そこは牧場ではなくて、 いわゆる乗馬クラブというところらしかった。
 柵で区切られたコース上で、何人かが馬に乗ってトコトコと歩かせている。
 けれどそこには御剣の姿も、ゴドーの姿もなかった。
 糸鋸は、構わずどんどん進んでいく。
 建物の真裏、入り口からは見えなかったほうに進んでいった糸鋸は、目的の人物を見つけたのか、ふいに立ち止まった。
 それに気付いて成歩堂も顔を上げて前を見る。
 そこには、栗毛の馬にまたがった御剣がいた。隣には同じように馬上の人となったゴドーも。
 成歩堂を見つけて瞠目する御剣と、口許を歪ませて笑いながら手を上げるゴドー。
 成歩堂はしばらくポカンと口を開けたまま呆然と立ち尽くしてしまった。

 クッ……とゴドーが喉を鳴らす音が聞こえて成歩堂は我に返る。
「な、何をしてるんですか……?」
 恐る恐る尋ねた成歩堂に、ゴドーは堪えきれないとばかりにクツクツと笑った。
 すごく聞きたくない答えだってことは成歩堂にも分かっていた。もう、十分に。
「『乗らせてもらってる』のさ。御剣の、馬に、な」
 予想していたものと一語一句違わぬセリフを返されて、成歩堂はその場にがっくりと崩れ落ちた。
 まんまと騙されて怒り出したい気持ちと、ひどい勘違いに穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい気持ちと。 何より大きな安堵に身体中の力が抜けてしまった。
 そのまま動かなくなってしまった成歩堂を心配したのか、御剣が馬から降りて近づいてきた。
 俯いた成歩堂の顔を覗き込んだその瞳には、気遣わしげな色が浮かんでいた。
「すまない、成歩堂。まさかキミが、こんな所まで追いかけてくるほど好きだとは思わなかったのだ」
 心底申し訳なさそうにそう言った御剣に、何を今更、と成歩堂は思った。
 成歩堂が御剣を死ぬほど好きなんてこと、みんな知ってるのに。
「うん、大好きだよ。御剣も、ぼくのこ」
「よし! せっかく来たのだ。そんなに好きなら一勝負しようではないか!」
 ぼくのこと好き? と聞こうとした成歩堂の言葉を途中で遮って、御剣は座り込んだ成歩堂の腕を引き上げた。
 そのままぐいぐいと成歩堂を引っ張りながらゴドーと馬がいるほうに進んでいく。
「ちょ、御剣、勝負って……?」
「キミがそんなに『やぶさめ』が好きだとは知らなかったが、そこまで言うなら自信があるのだろう?  私もそう簡単には負けてやらないがな!」

(『やぶさめ』の話かよ……!!)
 成歩堂と御剣のやり取りを見て、ゴドーは珍しく声を出して腹まで抱えて笑っている。
 そんなゴドーを恨めし気に睨みつけ、成歩堂は途方に暮れてしまう。
 目の前には、早くやれとばかりに、成歩堂の身長とさほど変わらない大きさの弓矢を差し出す御剣。
(で、出来るわけないだろ……)
 やぶさめどころか乗馬も弓も出来ないのに、と成歩堂は冷や汗をかいた。
 弓を受け取らずに固まっている成歩堂に、御剣が怪訝な目を向けたとき、 それまでひたすら笑っていたゴドーがなんとか笑いを引っ込めて口を開いた。
「そういじめてやるなよ御剣。好き嫌いと上手い下手は違うんだ。 どんなに好きでも、まるほどうにはこの美人な馬を乗りこなすのは無理だろうぜ」
 『美人な馬』が何のたとえなのか嫌というほどに解って、成歩堂はもう一度ゴドーを強く睨んだが、 彼はまったく気にせずにニヤニヤ笑っている。
 揶揄って面白がっているのだと分かっていても、無視することが出来ない自分に歯噛みしたい思いがした。
「ムぅ……確かに、キミは見るからに下手クソそうだな」
 成歩堂がなんとか言い返そうと言葉を探しているところに、御剣の冷静な声が響いて、 今度こそ成歩堂は何を言う気力も失った。
 その言葉にまたもや笑い始めたゴドーに、そんなにおかしな事を言ったか? と、御剣は不思議そうに見つめている。

 あぁ、ゴドーさん。あなたの言う通りかもしれない、と成歩堂はがっくりとうな垂れながら思う。
 可愛くて格好良くて美人で破滅的に鈍い、この至上の馬を乗りこなすなんてぼくには到底出来そうにない。
 だけどどんなに振り回されたとしても、ぼくは絶対にこの手綱をはなすつもりはないんだ。
「でもさ、御剣。好きって気持ちがあれば、上達するのも早いと思わない?」
 そう言って御剣をぎゅうっと抱きしめながら、ゴドーさんを見てニヤリと笑ってやる。
 今まで散々遊ばれたんだから、ささやかな仕返しだ。彼氏なんだからこれくらいいいだろう。
 いきなり抱きしめられて固まっている御剣が我に返って怒り出す前に、その唇に触れるだけのキスをした。


――好きこそものの上手なれって、良く言ったもんだよね。


end // reset
2008.7.13-15 up
リク内容は、
・ナルミツ付き合いたて
・ナルの反応が面白くてミツにちょっかいを出すゴドーさん
・苦労人なるほどくん
・なんにも気付いてませんなミツ
でした。
ちなみにタイトルのOKは『大きな勘違い』の略です。
私がリクの内容を大きく勘違いしてるって説もあります。
ひなたさん、リクありがとうございました!
こんな悪文で申し訳ありませんが、もらってやっていただけますか〜(汗)