ひらめきルール
「一緒に暮らさないか」
このたった一言を口にするために、ぼくがどれほどの勇気と覚悟を掻き集めたかなんて、御剣には想像もつかないんだろうな。 目の前の男は、気だるげな瞳で、手に持ったミネラルウォーターを緩慢な動作で口元に運んでいた。
表情は動かさないまま、ちらりとぼくに向けられた視線はまるで感情を読み取らせない。 返事は聞くまでもなさそうだった。
「承知した」
ほらね……って、え?
思わずぽかんと口を開いた。聞き間違いか、幻聴かと思ったくらいだ。
「なんだ、その意外そうな顔は」
途端に渋い表情になって、御剣はぼくを睨んだ。
こちらとしては、当たって砕けろな精神で口にしたのだから、そんな風に睨まれても困るんだけど。
「互いに仕事が忙しく、顔を合わせることすら困難だからな。住居を共にするというのはなかなか合理的だ。 悪くない。キミの都合さえ良ければ、いつでもこの部屋に引っ越してきたまえ」
………。
うーん、なんと言うか。
もう少し色気のある言い方をしてもらいたかったなぁ。合理的って。
なんて、内心でボヤきながらも、やっぱり嬉しいには違いなくて。
夢じゃないよな、と頬を抓ると、呆れたような視線が突き刺さった。慌てて手を離す。
「そうと決まれば、いろいろ用意をしなければならないな」
そう言って一旦部屋を出て行った御剣が、なにやら手に持って戻ってきた。万年筆と…A4サイズの白紙だ。
何しろ相手は御剣だから、賃貸契約書でも結ばされるんだろうか。
「さて、成歩堂」
どこか改まった口調で呼びかけられて、思わず背筋が伸びた。
「それまで異なる環境で暮らしてきた者同士が、同じ家に住むということは実は容易ではない」
「…はぁ」
「そこで、まず一緒に生活していく上でのルールを決めようではないか」
「ルール?」
思わず首を捻るぼくの目の前で、御剣は重々しく頷く。
「そうだ。共同生活を円滑なものにするためには、絶対に必要だ」
御剣という男は、こういうところがたまにものすごく面倒臭い。
…まぁぼくだって、コイツ相手に甘い同棲生活なんて夢は最初から見てないけど。
「ではまずキミの意見から聞かせてもらおうか」
基本的に相手の意見を聞かないスタンスの男は、そうやってさっさと話を進めていく。
意見、って言われてもなぁ…。
この雰囲気では、特にない、が通用するとも思えない。
ぼくは御剣から万年筆を受け取って、まっさらな紙にスラスラとしたためた。
・門限は夜10時
・無断外泊厳禁
書き終わった紙を渡すと、それを読んだ御剣の顔付きが険しくなる。と言うか、凶悪になる。
彼は黙ってぼくから万年筆を奪い取ると、箇条書きにしたそれの横にバツを書き込んでいった。
「……説明してもらおうか」
ジロリと睨まれて、思わず苦笑いが零れた。
「気に入らない?」
「当たり前だ。仕事の状況によっては夜遅くなることも徹夜になることも有り得る」
「あ、じゃあこれは?」
・同性、異性に関わらず二人きりで食事に誘われたら断ること
「………。私はともかくとして、キミは、それが依頼人との打ち合わせであっても断ると言うのか?」
「そんな怖い顔するなよ」
冗談だよ、と呟いて、自分でバツを書き込む。
「守れないルールなど無意味だ」
「いやホラ、悪い虫がつかないように」
「もう一度趣旨を説明した方が良いだろうか?」
再度睨まれて、ぼくは結構デスと首を振った。
「もう少し、生活に密接した事柄を考えてもらおうか」
そう言われてもな…。
やり直し、とばかりに紙と万年筆を押し付けられて、小さく溜め息を零した。
生活……生活ねぇ。生活感をまるで感じない御剣にそう言われても、まったくピンとこない。
と思った直後、頭上で電球がピカーンと光ったような気がした。
ぼくは嬉々として万年筆を走らせたけど、コレに至っては、書き終わった直後に線を引いて消されていった。
「生活に密接してるじゃないか!」
ぼくが文句を言うと、御剣は憮然とした表情で腕を組む。
「もう少し真面目に考えたまえ」
真面目に考えてるんだけどなー。新婚さんみたいでいいじゃない…って言ったら、御剣がどんな反応をするか。 判りきっているから言わない。
別にオマエと一緒にいられるならなんでもいいやって、ぼくは結構本気で思ってるんだけど。
…それじゃダメなのかな?
「じゃあ、宿題にしておいてくれよ。引越しまでには考えるから」
本格的に面倒になってきたのでそう言うと、その場凌ぎであることはバレバレなようで、御剣はちょっと不満そうな顔をした。 彼が何か言おうと口を開くより早く、お風呂借りるよ、と早々にその場から逃げ出す。
そういえば、御剣はどんな『ルール』を考えていたんだろう。
聞きそびれてしまったのは、果たして幸か不幸か。…先延ばしにしただけなのだから結果はいずれ出るんだろう。
いつもより少し長めにシャワーを使ってから部屋に戻ると、 御剣はトレードマークのワインレッドの上着を羽織っているところだった。
「あれ、どうしたの?」
すでに出掛ける準備は万端なようで、彼は愛車のキーを片手に玄関へと向かいながら一言「仕事だ」と呟いた。 急な呼び出しが入ったらしい。
「………そっかぁ」
ぼくが思わず落胆の溜め息をつくと、こちらをちらりと振り返った御剣は、僅かにすまなそうな顔を見せる。 そこに、ぼくと同じくらいの寂しさが滲んで見えたから、笑顔で送り出すことに決めた。 御剣が、ぼくと離れることを惜しんでくれるなら、それだけで充分だ。そう思わないとバチが当たる気がしたから。
「あんまり無理するなよ。気をつけて」
ほんの少し努力が必要だったけど、そう言って笑うことが出来た。
靴を履いた御剣は、何故かドアを開けようとせずなんだかグズグズとしている。彼らしくない。 何かを躊躇っているような。
「忘れ物?」
背中に向かって思わずそう声を掛けると、突然御剣が身体ごとくるりと振り返った。 ぼくを見るその表情が、なんだか悲壮感すら漂わせるほど思いつめているようで。
…仕事なんだから仕方ないのに。そこまで落ち込まなくても。
もしかしたら、ぼくの態度が無意識に彼を責めているように見えたのかもしれない。 そんなことを考えていると、不意に腕を引かれた。
頬に、暖かくて柔らかな感触。
一瞬触れたそれは、あっという間に離れていった。
「………行ってくる」
顔を逸らしながらそう言って、御剣はまるで逃げるみたいに出て行った。ちらっとしか見えなかったけど、 耳の辺りまで真っ赤に染めて。
一体何が起こったのか、ついていけないぼくは、呆然とそれを見送った。
「……いってらっしゃい」
3拍くらい遅れて、間抜けな声が閉ざされたドアに跳ね返って落ちた。
御剣の行動の謎が解けたのは、部屋に戻って、テーブルの上に置き去りにされた紙を何気なく見たときだった。
ぼくが最後に書いた一行。
・『いってきます』と『ただいま』のキスは、必ずすること
力強く線を引いて消されて、それで終わったはずの戯言だった。
なのに、いつの間にかその横には控えめに小さなマルが書き込まれている。 ああ、コレのことだったのかとようやく合点がいった。
採用…ってことだよね、これは。
じわりと湧き上がってくる笑いを堪えきれずに、その紙を拾い上げて、 御剣がどんな顔をしながらマルをつけたのか想像してみた。
これがOKということは、彼が帰宅したときは『ただいま』のキスもしてくれるということで。
こんな楽しみが増えるなら、恋人の忙しさもそう捨てたものじゃないかもしれない。 我ながら素晴らしい『ルール』を考えたと思う。
転がっていた万年筆を手にとって、『必ず』の斜め下辺りに『口に』と追加してみた。
調子に乗るな、と怒る声が聞こえたような気がして、ぼくは小さく笑った。
end // reset
『楽園の種』のひなた弥生さまからいただきました!
どうですか! この御剣のツンデレぶり!!(←お前が威張るな!)
はたして帰ってきた御剣は口にちゅーしてくれるのか!?
次回乞うご期待!(←大ウソですスミマセン)
嬉しすぎてテンション上がってしまいました。
ひなたさーん、本当にありがとうございましたー!!
どうですか! この御剣のツンデレぶり!!(←お前が威張るな!)
はたして帰ってきた御剣は口にちゅーしてくれるのか!?
次回乞うご期待!(←大ウソですスミマセン)
嬉しすぎてテンション上がってしまいました。
ひなたさーん、本当にありがとうございましたー!!