スイッチ



部屋の静寂がここにひとりでいることを意識させて、御剣はふ、とひとつだけため息を吐いた。



ここは御剣の自宅。
仕事がひと段落した御剣は、ソファで紅茶を楽しみながら、もうずっと会えずにいる恋人のことを考えていた。

抱えている事件の助言を受けにだのなんだの、なんだかんだ理由をつけては仕事の合間に日本を訪れていた狼であったが、今回ばかりは日本と一番遠い国、地球の裏側での事件に関わっているのだそうで、そうそう逢う日も作れずにいた。
最後の逢瀬はいつであったか。

確か、もう半年も前…

もちろん、その分頻繁に国際電話がかかってくるのだが、相当に忙しいのか、ものの数分で切れることがほとんどだし、なにより会うのとは全然違う。
こんなに会えないのは付き合い始めて初めてのことで、でも、本当はもっと会えないはずなのに足繁く通ってくる狼に甘えている自覚もある。

だからと言って、どこの国にいるともわからぬ相手にこちらから会いに行けるほど御剣も暇ではない。
結局は電話も逢瀬も狼頼りになる他ないのだ。

仕事と言われれば納得するしかないし、浮気されていても絶対に気づけない。
不意に不安がよぎることはあっても、あの誠実な男なら浮気などする前に振ってくれるだろうとも思っている。



無意識に、いつも唐突に開かれるドアに視線をやってしまう。


淋しいなどという感情は、とうの昔に嫌というほど味わいつくして、その後ほとんど感じることもなかったというのに、久しぶりに締め付けられる胸に苦笑する。

いつの間にか自分の気持ちをここまで捉えられていた。
結局、真実も色恋沙汰も、あの男の爪に少しでも引っ掛かってしまえばおしまいなのだ。
あっという間に捕まり、今度は牙を突き立てられる。

そんな風に飢えた目で強引に求められるのが、御剣は嫌ではなかった。

知らず、口元に笑みが浮かぶ。


お互いに忙しいくらいが丁度いい。
現場に立っている狼のことも好きなのだから。

そう、胸の痛みに折り合いをつけてソファを立った瞬間だった。



―――ガチャガチャ、バタンっ


茫然としている御剣の前で、ドアのカギは壊れんばかりの勢いで開けられ、黒づくめの獣は本当に唐突に姿を現したのであった。

「・・・・よ、待たせちまったな」

「・・・・。」
「検事サン?」

「・・・・っ、来るなら、連絡をしろと、何度も言っているだろう・・」

余りに突然過ぎて、唇からはそんな言葉が心もとなく転がり落ちただけ。
それを聞いた狼は笑って「悪い」と軽く謝ると、すぐにまたその笑みをひっこめた。
代わりに表われたのは、飢えた獣の瞳。


狼は数歩御剣との距離を縮めると、掠れた低い声でゆっくりと言葉を紡いだ。


「今すぐ…アンタに、触れてぇんだ…。‥駄目か?」

切羽詰まったような表情で迫られ、御剣の心拍は体の熱とともに急激に上昇し、立ち尽くしてしまう。それでも、変なところで律義なこの男はきっと許可待ちだということも分かっているので、かろうじて小さくうなづいてやった。

それを見るや否や、御剣の体はあっという間に狼の腕の中に閉じ込められてしまう。
御剣はこの後に控える嵐に向けて少しだけ息をつめた。





「アンタに会えなくて、本当に死ぬほどつらかった…」


しかし。
御剣の覚悟と予想を見事に裏切り、狼は御剣を本当に抱きしめているだけ。
ついでに言えば、予想していた感触は足に当たっておらず。

すりすりと満足そうにうなじに鼻先と頬をうずめている狼に、御剣は信じられないという思いと、自分の浅ましさに二度目の硬直をしていた。


「ロウ、捜査官…?」
「ん?」

名を呼べば、純粋に逢瀬を喜ぶ少年の様な顔つきに何も言えなくなってしまう。
押し黙った御剣に、狼は尚もじゃれつく犬の様なスキンシップしかしてこない。
あの飢えたような瞳は一体何だったというのか。

しばらくは何も言えずにいた御剣であったが、半年ぶりに愛しい人に抱きしめられて我慢が出来るほど悟りが開けているわけでもなかった。


「士龍…」
「・・・っ」

意を決して舌にのせた名前は、迂闊にも熱に浮かされた吐息とともに狼の耳に届いた。
さすがに狼も意図を汲んではっとし、改めて相手の顔をまじまじと見つめなおす。
腕の中の恋人は瞳に薄く水の膜を張り、少しつらそうに、だが控えめに狼を見つめていた。

「さっきの言葉は…そのようなアレの、流れではなかったのか…?」


「……アンタを、壊しちまいそうだから」


羞恥を押し殺して伺えば、先ほどとは打って変わって苦しげな呻きに似た声音が返ってきた。


なんとこの男は器用なことに、性欲を無いものとしていたのである。
少しでも在れば火が付いてしまうから、そういった部分の感覚をオフにしていたらしい。心頭滅却すれば…というようなところであろう。

狼の予定では、会って抱きしめてとりあえず少し落ち着いてからスイッチを切り替える予定が、御剣によって不用意にそのスイッチを無理やり入れられてしまったようである。


一度入ってしまったスイッチは誰にも切ることが出来ない。
しかし、それでよかった。


「貴方は器用だからそれでいいかもしれないが…
 私は、貴方に触れられただけで、もうすでに壊れそうなのだよ…」

無用な気遣いはいらないと、御剣はもう二度とオフになんてならないようにホールドをかけた。


「ったく、知らねぇぞ」
「あなたこそ、私を待たせた報いを受けると良い」



口元に笑みをしけば、今度こそ飢えた瞳と熱い体が早急に襲いかかってきて、
御剣はそれを満足そうに受け入れたのであった。




end // reset
柘榴さまのサイト『ZAKOM』で111番を踏みまして厚かましくもリクさせて頂いた作品です!
リク内容は、
会えない期間が結構長引いちゃったロウミツで、ロウが『今すぐアンタに触れたい』って言う話
というものだったのですが……これは……でかした自分! と思って良いんじゃないでしょうか!!
ロウの切羽詰まった顔なんて絶っっっ対ちょうセクシーですよね!
自分からそのようなアレに持っていっちゃう御剣も漢前でカッコイイです!!!
それにしても、ロウのスイッチのホールドが外されるのはいつのことになるんでしょう。
きっとこのみったんちょっとやそっとじゃ満足しないと思うの!
次の日の仕事は大丈夫〜? と余計な心配をしつつ……(笑)
柘榴さま、本当に素敵なお話をありがとうございました!!! また狙います!(←コラ)