栗花落 1


--side A--



 金曜日、忙しい夕方の時間帯を過ぎて、穏やかな閉店まぎわの二十時四十分。
 一日立ちっぱなしで足は痛いし、店内にふわりと上品に香る甘い匂いでお腹は空くし。
 これが金曜日じゃなかったら、お客さんもいないことだし早めに店閉めましょうよ、と店長に進言するところなのだけれど。
 今日は金曜日だから、しない。

 二十時五十分。
 金曜日のこの時間になると必ずガラス張りの店内から外の歩道を凝視し始める私に、店長は呆れ顔だけど。
 そんなの気にしない。
 だって、女の子だもん。

 目に鮮やかな赤い色が飛び込んでくると、私は無意識に息を止める。
 高い身長の一番上に、丸くて小さな頭が乗っかっている。
 その頭に付いてる顔がまた秀作で、私に言わせればまるで王子様みたい。
 実際彼は、映画の中でしか出会ったことのないようなヒラヒラ(正式名称は私にはわからない)をタイ代わりに巻いていて、その様子は普通に考えれば奇抜ですらあったのだけど、そこはそれ、似合っているから文句はない。やっぱり王子様ね。
 横顔の綺麗なその人は、この店の前にくると必ずちらりと店内を見遣る。
 私はいつもその人を凝視しているから、目が合うことだってある。
 目が合うと必ず顔を背けられてしまうから、最近では目を合わせないように彼を見るのに必死だったりする。
 彼がこの店の端から端までを通り過ぎる約3秒間が、今日一日仕事を頑張った自分へのご褒美。ううん、一週間分と言っても過言じゃないかもしれない。美人……特に男の美人は見てるだけで活力になる。我ながらミーハーだとは思うけれど。

 いつも店の方を見ているのだから、この店に興味があるのだと思う。
 最初はもしかしたら私を見ているんじゃないかなんて期待してみたりもした。本当に最初だけね。
 私はいつも彼を見ているから、彼が何を見ているかも目線でなんとなくわかる。
 残念ながらそれは私ではなくて、色とりどりのケーキを並べてあるショウケースの右端。
 気になるのなら入ってくればいいのに。
 男の人が入るには勇気がいるのかしら?
 それとも私があんまり凝視しているから入りづらい?
 もしそうなら申し訳ないなぁと思う。思うだけできっと来週も私は彼を見つめてしまうんだろうけど。



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2009.6.17 up