早く言ってよ。ぼくのことが好きだって。
コトノハ
カーテンの隙間から差し込む月の光に反射して、御剣の灰色の髪がきらきらしている。
ぼくはなんだかむずむずした気持ちになって、御剣の柔らかそうな髪をひとふさ手に取ると、そっと口付けをした。
眠る御剣の顔はいつもよりずっと柔らかい。何者にも侵されない信念をたたえて、 いつも強く光っている瞳が隠されているせいだろう。
その穏やかな表情は、先ほどまでぼくの下で艶やかに鳴いていたものと同じ顔とは思えなかった。
「みつるぎ、早くぼくを好きになって」
御剣の耳元で囁くようにそう言って、今度は唇にそっとくちづけた。
御剣とそういう関係になったのは、失踪していた御剣が戻ってきてしばらく経ってからだった。
ぼくは御剣のことがずっと好きだったし、御剣もそのことには気付いていたと思う。
ある日、二人で飲みに行って、いつもだったら御剣から帰ろうと言い出すのに、その日に限って御剣が何も言わないから、 ぼくは調子に乗ってどんどん飲んで。気付いたら終電もなくなっていた。
たまたま御剣の家の近くだったから、泊めてくれと頼み込んで、 初めて入る御剣の部屋にドキドキしながらシャワーまで借りて。
いつになく優しい御剣に、酒の力も手伝って、たがが外れたぼくはそのまま御剣をベッドに連れ込んで、 やることやってしまった。
猛烈に抵抗されるかと思っていた予想に反して、御剣は最初こそ小さな抵抗を見せたものの、最中も終わった後も、 怒鳴られたり殴られたり蹴られたりすることもなく、それはそれは落ち着いていた。
次の日の朝、御剣にどんな顔をしたらいいかもんもんと悩んで一睡もできなかったぼくに、 目を覚ました御剣はまるで昨日のことなど忘れたように、「茄子の味噌汁が飲みたいのだが」と言った。
それから、ぼくたちはしばしば体の関係を持つようになった。
最初はそのことに浮かれていたぼくだったが、ある時、大変な事に気が付いたのだ。
それはつまり、御剣はぼくとセックスはするけれど、ぼくに好きだと言ってくれたことはないということ。
それどころかセックスだって、御剣から誘われたりしたことは一度たりとなかった。
ぼくが勝手に付き合っていると思い込んでいるだけで、もしかしたら御剣にはただのセフレぐらいに思われているのではないか?
ぼくは大いに焦って、すぐに御剣を問い詰めた。
「御剣はぼくのこと好き?」そう聞いたら御剣は曖昧に笑って、言葉を返すことなく部屋を出て行った。
決定的だ。すべてはぼくの勘違いで、御剣はただ、体の関係を楽しんでいただけだったのだ。
ぼくは悲しくて悲しくて、それでも御剣が好きで。好きな気持ちはどうしたって消えてはくれなかった。
だから決めたんだ。いつか御剣にぼくを好きだって言わせようって。
今はセフレ上等だ。傍にいられるだけでもいい。あくまでも今は。
それからぼくは、ことあるごとに御剣に「ぼくを好きになって」と言ってきた。
御剣の反応はさまざまだが、いまだに好きだと返してくれたことは、一度もない。
ぼくはベッドに潜り込むと、月明かりに照らされて白く浮かびあがる御剣の頬に手を伸ばした。
涙がつたった跡に指を滑らせて、みつるぎ、ともう一度囁く。
「ぼくを好きになって」
「好きって言ってよ。この口でさ」
「好きになれ好きになれ好きになれ」
「はやくはやくはやくはやく」
まるで呪文を唱えるみたいに御剣の耳もとで繰り返した。
本当にこの言葉が魔法の呪文で、毎晩耳もとで囁いたら、御剣がぼくのことを好きになってくれればいいのに。
もしかしたら効くかも。サブリミナル効果とかあるしな。いや、どっちかというと刷り込みのが近いかな。
半ば本気で考えながら、ぼくは御剣に囁き続けた。
* * *
――――うるさい。
耳もとで何事かブツブツ呟かれて、本気で眠っていられると思っているのだろうか、この男は。
しかも考えていることまでまるまる声に出していると気付いてるのか?
大体、なんなんだ、サブリミナル効果ってのは。キサマがやっているのは暗示とか……もっと言うなら洗脳に近い。
……なんでもいいがとにかく、そんなことをしても無駄だということがいつになったらわかるのか。
この男とアレな関係になってから、こちらが無視しようが怒鳴ろうが、 それこそ起きていようが眠っていようが、ずっとずっと、まるで打ち寄せる波みたいに絶え間なく、繰り返される言葉。
『みつるぎ、ぼくのこと好きって言ってよ』
――あぁ、面倒くさい。
この男の要求に応えてやる気は、さらさらない。
………………今はまだ。
理由を聞かれれば、よどみなく答えられる用意はしてある。
この男が私に対していかに無礼な要求をしているのかということ。
そう、悪いのは断じて私ではない。この男のほうだ。
このバカ男が自分の愚行、もしくは非礼に気付くのはいつになることやら。
きっとまだしばらくは掛かるだろう。この男は私に好きと言わせることしか考えてないのだから。
まぁ、いい。こうして必死に私を洗脳しようとする様はいかにもバカバカしくて見ていて飽きないし。
だからしばらくはノーヒントだ。私はゆっくり待っているとしよう。
私がこの愚か者に好きだと言える日がくるのを。
――――だって私はこの男に好きだと言われた事は一度だってないのだ!
ぼくはなんだかむずむずした気持ちになって、御剣の柔らかそうな髪をひとふさ手に取ると、そっと口付けをした。
眠る御剣の顔はいつもよりずっと柔らかい。何者にも侵されない信念をたたえて、 いつも強く光っている瞳が隠されているせいだろう。
その穏やかな表情は、先ほどまでぼくの下で艶やかに鳴いていたものと同じ顔とは思えなかった。
「みつるぎ、早くぼくを好きになって」
御剣の耳元で囁くようにそう言って、今度は唇にそっとくちづけた。
御剣とそういう関係になったのは、失踪していた御剣が戻ってきてしばらく経ってからだった。
ぼくは御剣のことがずっと好きだったし、御剣もそのことには気付いていたと思う。
ある日、二人で飲みに行って、いつもだったら御剣から帰ろうと言い出すのに、その日に限って御剣が何も言わないから、 ぼくは調子に乗ってどんどん飲んで。気付いたら終電もなくなっていた。
たまたま御剣の家の近くだったから、泊めてくれと頼み込んで、 初めて入る御剣の部屋にドキドキしながらシャワーまで借りて。
いつになく優しい御剣に、酒の力も手伝って、たがが外れたぼくはそのまま御剣をベッドに連れ込んで、 やることやってしまった。
猛烈に抵抗されるかと思っていた予想に反して、御剣は最初こそ小さな抵抗を見せたものの、最中も終わった後も、 怒鳴られたり殴られたり蹴られたりすることもなく、それはそれは落ち着いていた。
次の日の朝、御剣にどんな顔をしたらいいかもんもんと悩んで一睡もできなかったぼくに、 目を覚ました御剣はまるで昨日のことなど忘れたように、「茄子の味噌汁が飲みたいのだが」と言った。
それから、ぼくたちはしばしば体の関係を持つようになった。
最初はそのことに浮かれていたぼくだったが、ある時、大変な事に気が付いたのだ。
それはつまり、御剣はぼくとセックスはするけれど、ぼくに好きだと言ってくれたことはないということ。
それどころかセックスだって、御剣から誘われたりしたことは一度たりとなかった。
ぼくが勝手に付き合っていると思い込んでいるだけで、もしかしたら御剣にはただのセフレぐらいに思われているのではないか?
ぼくは大いに焦って、すぐに御剣を問い詰めた。
「御剣はぼくのこと好き?」そう聞いたら御剣は曖昧に笑って、言葉を返すことなく部屋を出て行った。
決定的だ。すべてはぼくの勘違いで、御剣はただ、体の関係を楽しんでいただけだったのだ。
ぼくは悲しくて悲しくて、それでも御剣が好きで。好きな気持ちはどうしたって消えてはくれなかった。
だから決めたんだ。いつか御剣にぼくを好きだって言わせようって。
今はセフレ上等だ。傍にいられるだけでもいい。あくまでも今は。
それからぼくは、ことあるごとに御剣に「ぼくを好きになって」と言ってきた。
御剣の反応はさまざまだが、いまだに好きだと返してくれたことは、一度もない。
ぼくはベッドに潜り込むと、月明かりに照らされて白く浮かびあがる御剣の頬に手を伸ばした。
涙がつたった跡に指を滑らせて、みつるぎ、ともう一度囁く。
「ぼくを好きになって」
「好きって言ってよ。この口でさ」
「好きになれ好きになれ好きになれ」
「はやくはやくはやくはやく」
まるで呪文を唱えるみたいに御剣の耳もとで繰り返した。
本当にこの言葉が魔法の呪文で、毎晩耳もとで囁いたら、御剣がぼくのことを好きになってくれればいいのに。
もしかしたら効くかも。サブリミナル効果とかあるしな。いや、どっちかというと刷り込みのが近いかな。
半ば本気で考えながら、ぼくは御剣に囁き続けた。
――――うるさい。
耳もとで何事かブツブツ呟かれて、本気で眠っていられると思っているのだろうか、この男は。
しかも考えていることまでまるまる声に出していると気付いてるのか?
大体、なんなんだ、サブリミナル効果ってのは。キサマがやっているのは暗示とか……もっと言うなら洗脳に近い。
……なんでもいいがとにかく、そんなことをしても無駄だということがいつになったらわかるのか。
この男とアレな関係になってから、こちらが無視しようが怒鳴ろうが、 それこそ起きていようが眠っていようが、ずっとずっと、まるで打ち寄せる波みたいに絶え間なく、繰り返される言葉。
『みつるぎ、ぼくのこと好きって言ってよ』
――あぁ、面倒くさい。
この男の要求に応えてやる気は、さらさらない。
………………今はまだ。
理由を聞かれれば、よどみなく答えられる用意はしてある。
この男が私に対していかに無礼な要求をしているのかということ。
そう、悪いのは断じて私ではない。この男のほうだ。
このバカ男が自分の愚行、もしくは非礼に気付くのはいつになることやら。
きっとまだしばらくは掛かるだろう。この男は私に好きと言わせることしか考えてないのだから。
まぁ、いい。こうして必死に私を洗脳しようとする様はいかにもバカバカしくて見ていて飽きないし。
だからしばらくはノーヒントだ。私はゆっくり待っているとしよう。
私がこの愚か者に好きだと言える日がくるのを。
――――だって私はこの男に好きだと言われた事は一度だってないのだ!
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