栗花落 3
今日は金曜日。
いつもと同じように閉店間際の店内は閑散としていて、私はいつもどおりにガラス越しの道路を凝視する。
その人はいつもどおりの時間に店の前に現れた。
違うのは、その隣にもう一つの人影があること。
あら、と思った私の目の前で、何やら言い争いながら、王子様を引きずるようにして同伴者のほうがこの店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました!」
あまりに突然の展開に、私は少しおかしな言葉を口走ってしまったのだけれど、そんな私の言葉は聞いていないみたい。
王子様は同伴者をまるで親の仇でも見るかのように睨みつけていて、睨まれている本人はまったく気にしたふうもなく楽しそうに口元をゆがめている。
王子様にばかり目がいってしまっていたが、その隣に立つ人もかなり変わった風貌だ。
真っ白な髪に、目元を覆う、私にはなんの為なのかさっぱり分からない大きなマスク。
中世貴族のような格好をした王子様と並ぶと、まるでこれから仮装パーティーにでも行くのではないかとさえ思える。
けれどその恵まれた体格だとか、楽しげな笑みを浮かべる口元だとかを見る限りでは、こっちの男の人もきっとイイ男ね。
女の勘が言ってるんだから間違いない。
「で、どれが欲しいんだ?」
「わ、私は……別にそういうつもりでは……!」
「ウソだな。あれは絶対に気になってる顔だった」
「ム……私はそんなもの欲しげな顔をしていただろうか?」
「あぁ、オレには直ぐわかるぜ」
言い切られた王子様はしぶしぶといった様子でショウケースを見つめている。
少し焦ったような、困ったような顔は、私が想像していた彼とは随分と違っていた。
綺麗な人だと思っていたけど、実際は……すごく可愛い人なのかもしれない。
「……これを」
しばらく躊躇ってから、そういって王子様が指差したのは、ショウケースの左端に置かれていた紅茶のシフォンケーキだった。
私は、かしこまりました、と返事をしてから言われた通りのケーキをトレイに出そうと腰をかがめた。
そこで、あれ、と思う。
私は毎週この店の前を通る彼を見ていた。
だから彼がどこを見ていたのかも知っているのだけれど、それはこの紅茶のシフォンではなくて。
反対側の右端に置いてある……
「こちらもご一緒にいかがですか? いつも気にして頂いてたの、こちらですよね?」
そう言って私がひとつのケーキを取り出すと、王子様は瞠目して、それから真っ赤になった。
そこまで驚くことだろうか?
少しの営業も含めて言った私はその変わりように面喰ってしまった。
それから彼は私を鋭く睨んできたのだけれど、私には何が悪かったのか分からなかった。
睨まれたのに、怖いというよりは可哀想なくらいに真っ赤になってしまった彼に申し訳ない気持ちになっていた。
「そうかい。じゃあ、そっちも一緒に貰おうか」
固まってしまっていた私を動かしたのは、堪えきれないというようにクツクツと笑っている仮面の男の言葉だった。
何がそんなにおかしいのか、私がケーキを箱に詰め始めてからも男は笑い続けていて、王子様のほうはそれを忌々しそうに睨みつけている。
私はケーキを包みながらそんな二人を横目で見ていたのだけれど、仮面の男の手が宥めるように王子様の頬を撫でたところで目を逸らした。
なんだか見てはいけないモノを見ている気になってしまったから。
2009.6.17 up