オマケのひとつめ

 言いだしたのは御剣だった。
 三人仲良くするなら、狼だけ別に暮らしてるのはおかしいから一緒に住むべきだ。三人で住むにはこの部屋は狭いから引っ越そう、と。
 また子供みたいなことを言い出した、と狼が困惑しながら神乃木に助け船を求める視線を送ったのだが、肝心の神乃木は口許を歪めて笑いながら、
「愛猫と愛犬がじゃれあってるのを毎日見れるのも、微笑ましくて良いかもなァ」
 と、御剣の味方になることを選んだので、その時点で狼に選択権は無かった。

 そんなわけで、結局押し切られる形で決まった引越しの当日。
「おい、アンタも少しは手伝えよ」
 運び込まれたダンボールを片っ端から開きながら、狼はすでに定位置にあるソファにゆったりと腰掛ける御剣に抗議の声を上げる。 今だけではなく、前の家から荷物を運び出すときだって、神乃木と御剣のものしかないあの部屋なのに、誰よりも働いたのは狼だったし、 さらに言うなら狼の部屋の荷造りの時には、手伝いと称してやってきて、部屋にあった三国志のコミックを読み始めたあげく、ただの邪魔な置物と化したのだ。
「ネコはダンボールなど運ばないのだよ」
 三国志の入っていたダンボール(御剣の字で大きく『三国志』と書いてあるあたり、計画的犯行に違いない)だけを傍らに置いて、 ソファで寛ぎながら意識はすっかり本の中に入ってしまっているようで、狼の方を見ようともしない。
「ネコは三国志なんて読まねぇだろうが」
 苦々しく言えば、今度は華麗にスルーされた。
 その様子を見て、こちらは真面目に荷解きをしていた神乃木がクッ、と喉を鳴らす。また面白がりやがって。
「笑ってるけどな、兄貴が甘やかすから御剣はこうなんじゃねぇのかよ」
 働いてもいないのに、家事まで全て神乃木がやっているのだと、狼にそう教えたのは他でもない御剣だった。 ネコはただエサを与えられるのを待っていればいい、なんて、例えにしても趣味が悪いんじゃないか? 御剣は猫じゃない、人間なのに。
「ネコは猫っ可愛がりするもんだぜ」
「御剣は猫じゃねぇだろ。家にいて欲しいんだとしても、家事でもなんでも、少しぐらいやらせたほうがいいと思わねぇの?」
「それこそ、猫の手も借りたいほど忙しくても、怜侍の手は借りねぇな」
「どういうことだよ」
「単に、苦手なのさ。危なっかしいから包丁だけは触るなって、それは俺がオネガイしたんだぜ?」
 過去に何があったか知らないが、神乃木は単に御剣を甘やかしたいだけではないらしい。 昔を思い出したのか微妙な表情になっている神乃木に、それ以上聞くのはなんだか怖い気がした。
「だからって……今の御剣の状態じゃ、ヒモもいいとこだぜ?」
 ヒモだって少しの家事くらいするものだし。そう思いながらも口調は少し遠慮がちになった。御剣に嫌われたいわけではない。
「クッ……ヒモときたか。残念だがそれは違うぜ」
 神乃木はダンボールから愛用のマグを引っ張り出しながらおかしそうに笑った。真面目に荷解きしてると思ったら、コーヒーが飲みたいだけだったらしい。 訳がわからず神乃木に怪しげな視線を送っていた狼を見ようともしないので、仕方なく「なんだよ」と続きを促す。
「パトロンは俺じゃなくて怜侍のほうだってことさ」
「ハァ?」
「俺は五年前に会社を立ち上げただろ? その資金は怜侍が出したんだぜ」
 一億、と後に続けて聞こえてきた金額に唖然とする。
 御剣は狼と同い年のはずで、五年前なら高校生だ。たとえ高校生でなくとも、その年の子供が自由にできる額ではないだろう。 自分と同じようにどこかの金持ちの子供だろうか? けれどそれなら今こんなところで飼い猫なんてしていないだろうし。 考えれば考えるほど、おかしい。
「嘘だろ……」
 嘘じゃねぇさ、と神乃木はまた笑っている。狼の反応が面白いのかもしれない。 そのニヤニヤ笑いにいつもであれば舌打ちのひとつでもしているところだが、今はそれよりも、狼の理解を超えた恐るべし同い年の男が気になる。 一心に見つめている狼のことなど気付いてもいないかのように、御剣は三国志に夢中だけれど。
「アンタ一体、何者なんだよ」
 呆然としたままの狼の問いかけに、ヒモ改めパトロンの御剣が顔を上げた。狼をじいっと見つめて、まるで秘密を分け合おうとするような悪戯な笑顔になる。

「当たったのだ。……宝くじ」

 まじでか……、と予想外の答えに驚きの上塗りをした狼の表情を見て、神乃木と御剣が同時に笑いだす。こんな時まで息が合っているというか、なんというか……。 ずっとおさまらないふたりの笑い声に、狼はだんだん訳がわからなくなってきた。
(なんだよこれ。俺がからかわれただけなのか、マジでマジなのか……)
 いまだ笑い続けるふたりに聞いたところで、答えてくれそうにもない。 三人暮らし初日にして、ちょっとした孤独感を味わう羽目になった狼は、ちょっとした仕返しに、三国志の四十一巻だけをソファの下にそっと隠した。


 
end
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2010.09.13 up
毒を食らわば皿まで